よろしい。それでは十分念を入れて

『よろしい。それでは十分念を入れて御話しませう。きのこには、これは食べられる、これは食べられないと云ふしるしが附いてゐませんから、食用蕈と、有毒蕈とを見分ける事は専門家でない人には出来ない事です。そればかりではなく、地上に生えてゐる草や木は、その根や、形や、色や、味や、匂ひなどで、無害か有毒か、一と目で見分けられるものは一つもありません。精密な科学的注意を払つてきのこの研究に幾年も費してゐる人は、そのきのこの有毒か無害かを可なりよく見分ける事が出来ます。が、吾々にそんな研究が出来る事でせうか。そんな時間が有りますか。吾々は僅か十二三種の野生のきのこの事を知つてゐるだけで、非常に似通つた無数のきのこを見分けやうとしたところで、とても駄目な事です。
『尤も、どこの国にでも、人間が食べても安全な数種のきのこの事は、昔から経験で分つてゐます。此の経験に従ふのはごくいゝ事です。が、それだけではまだ危険を避けるのに十分ではありません。違ふ国へ行つて、自分の国にある食べられるきのこと全く同じやうなきのこを見つけるとします。それは非常に危険な事です。で、私はどんなきのこでもすべて信用しない事にして、十分の用心をするのが一番いゝと思ひます。』