彼の過去の精神酷使
彼の過去の精神酷使が、倦怠期を迎えるに至る期限をたいへん縮めたことは無論である。
彼はひたすら、刺戟に乾いた。なにか、彼を昂奮させてくれるものはないか。彼は妻君が寝台の上に睡ってしまった後も、一人で安楽椅子によりながら、考えこんだ。白い天井を見上げると、黒い蠅が一匹、絵に書いたように止まっていた。それをボンヤリ眺ているうちに、彼は思いがけないことに気がついた。
「あの蠅というやつは、もう先にも、あすこに止まっていたではないか。それが今も尚、あすこに止まっている。あれは、先の蠅と同じ蠅かしら。違うかしら。もし同じ蠅だとしたら生きているのか死んでいるのか」
彼は不図そんなことを思った。しかしそれだけでは、一向彼を昂奮に導くには足りなかった。
「なにものか、自分を昂奮させてくれるものよ、出て来い!」
彼はなおも執拗に、心の中で叫んだ。