そのほうも滝の白糸といわれては

そのほうも滝の白糸といわれては、ずいぶん名代の芸人ではないか。それが、かりそめにも虚偽などを申しては、その名に対しても実に愧ずべきことだ。人は一代、名は末代だぞ。またそのほうのような名代の芸人になれば、ずいぶん多数の贔屓もあろう、その贔屓が、裁判所においてそのほうが虚偽に申し立てて、それがために罪なき者に罪を負わせたと聞いたならば、ああ、白糸はあっぱれな心掛けだと言って誉めるか、喜ぶかな。もし本官がそのほうの贔屓であったなら、今日限り愛想を尽かして、以来は道で遭おうとも唾もしかけんな。しかし長年の贔屓であってみれば、まず愛想を尽かす前に十分勧告をして、卑怯千万な虚偽の申し立てなどは、命に換えてもさせんつもりだ」
 かく諭したりし欣弥の声音は、ただにその平生を識れる、傍聴席なる渠の母のみにあらずして、法官も聴衆もおのずからその異常なるを聞き得たりしなり。白糸の愁わしかりし眼はにわかに清く輝きて、
「そんなら事実を申しましょうか」
 裁判長はしとやかに、
「うむ、隠さずに申せ」
「実は奪られました」