はあ、然うか
「はあ、然うか、いや知らぬ、愚僧早走り、早合点の癖で、用だけ聞いて、して来いな、とお先ばしりに飛出たばかりで、一向に仔細は知らぬ。が、扨は、根ざす処があるのであつたか。」
「もとよりぢや。――大島守が、此の段、殿中に於いて披露に及ぶと、老中はじめ額を合せて、
此は今めかしく申すに及ばぬ。業平朝臣の(名にしおはゞいざこととはむ)歌の心をまのあたり、鳥の姿に見たいと言ふ、花につけ、月につけ、をりからの菊紅葉につけての思ひ寄には相違あるまい。……大納言心では、将軍家は、其の風流の優しさに感じて、都鳥をば一番、そつと取り、紅、紫の房を飾つた、金銀蒔絵の籠に据ゑ、使も狩衣に烏帽子して、都にのぼす事と思はれよう。ぢやが、海苔一帖、煎餅の袋にも、贈物は心すべきぢや。すぐに其は対手に向ふ、当方の心持の表に相成る。……将軍家へ無心とあれば、都鳥一羽も、城一つも同じ道理ぢや。よき折から京方に対し、関東の武威をあらはすため、都鳥を射て、鴻の羽、鷹の羽の矢を胸さきに裏掻いて貫いたまゝを、故と、蜜柑箱と思ふが如何、即ち其の昔、権現様戦場お持出しの矢疵弾丸痕の残つた鎧櫃に納めて、槍を立てて使者を送らう。と言ふ評定ぢや。」
「気障な奴だ。」
「むゝ、先づ聞けよ。――評定は評定なれど、此を発議したは今時の博士、秦四書頭と言ふ親仁ぢや。」