なにが見えましたか
「船長、なにが見えましたか」
局長にさいそくされて、船長は、いまはもう仕方がないとあきらめたように、
「おう、皆よく聞け。わしは望遠鏡をとって、あそこに漂流する二号艇ボートを仔細に見たのだ。ところが、前にわしはボートのうえに櫂もなければ、人影もないといったが、いまよく見てみると、ボートの中は、全然空っぽではなかった」
船長は、わざとまわりくどいいい方をしているようであった。
「で、なにが二号艇内に見えるのですか。船長、はやくいってください」
「血だ、血だ! 二号艇のなかは、血だらけなんだ」
「えっ!」
船員たちはおどろきのあまり、思わず櫂の手をゆるめた。ボートは、ぐぐっと傾き、いまにもひっくりかえりそうになった。
「おう、しっかり漕げ、日本の船乗が、こんなことぐらいで腰をぬかしてどうするのか。さあ、はやく二号艇へ漕ぎよせろ」
船長は、舷をぴしゃぴしゃ叩いて、船員たちを叱りつけた。
一号艇は、また矢のように海面を走りだした。漕ぎ手たちは、おどろきをおさえて、ひたむきに漕いだ。